最終更新日2020.7.17

おっちゃんが一押しするライトノベルを原作にする「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の第三期が始まりました。
一見するとハーレムアニメですが、原作を読むと純文学といった方がいいと思う作品の映像化作品です。



 


第三期 第一話



この作品がもし幼稚な性欲とその願望を理想化した1人の男子に対して、
彼の思う理想の女子から告白されまくるようなハーレム系の作品なら、
先月52歳になった私はまるで興味を持てません。

 この作品の登場人物たちは「ものごころがついて」いて、
自分を俯瞰で見るような大人の領域に入っています。
更に、ものごころのまだついていないと思われる人物たちの描写も見受けられます。
スポーツ漫画とか非日常世界の10代後半の高校生たちを描くのと比べて、
ただの高校生の日常生活を描くのはとても難しいし、
その多感な感情を盛り込んでいくのは更に難しい。
それを描いているのがこの作品です。群を突き抜けてすごい作品です。

 

「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」
Twitterのハッシュタグは
  1. #oregairu 
  2. #俺ガイル 
  3. #俺がいる 
です。


第2期 第1話無料Amazon Prime Video


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」聖地マップ

何故か人気作品

ハッシュタグは作品名の短縮を使う場合が多い。
近年のラノベの傾向からアニメオリジナルの作品でもタイトルが長く、
そのタイトル自身の中のキャッチコピーだったりします。

このハッシュタグは文字を抜き取ったと言えばそうも見えるけど、
この作品が好きな人の気持ちである、「この主人公は俺だ」と思えるという要素が強いのですかね。
宣伝担当者が作ったのか自然に定着したのか経緯は分かりませんがそういう風に受け取っています。

作品タイトルは作者自身の気持ちか、主人公の気持ちか、そのいずれにしても
この高校生たちがどんな日常生活を送っているのか、どんな凄い冒険が起こるのか、
中身は何かは全く伝わってきません。



小説の表紙買いというのは1980年代の高校生の私や私の周囲の人でも良くあったことで、
ラノベの時代となるとその傾向は表紙が良くなければ売れないくらいの勢いとなっています。
表紙が良ければ中身は詰まらなくてもいいくらいじゃないですかね。

(私や当時の仲間の体験的にはハヤカワ文庫創元推理社の刊行してたものがそれにあたりますね。
生頼範義加藤直之という二人の画家の表紙は特に人気がありましたね。)


だからラノベのイラストレーターの地位は非常に高いなと思います。
例えば「涼宮ハルヒの憂鬱」のいとうのいぢ さんは一時代をかなり席巻してました。
私個人としては「幼児の頭部と成人の首から下の体」という絵図は最近は色々と思うところがありますが、今回はその話は無しにしたいと思います。

ぽんかん8 さんが表紙シラスと及びその他の作品イメージやキャラクター原案となっていて
それがターゲット購買層に対して人気が高いようですね。



ただし、それを除くとタイトルは意味不明だし、書籍を手にしてめくってみると純文学と同じに文字がびっしり書き込まれていてこの小説を買いたいとは思わせない。ラボべというのは大体は脚本みたいにセリフが陳列してて、中身がほぼ真っ白なのが多いものです。

そんな作品が売れたり、アニメ化されるなんていう事は、中に書いてあることが余程面白いのです。


アニメ映像化作品でも、おっぱいデカい童顔のおねーちゃんがハンケツ出してセックスアピールしまくってるわけでもない。(キャラクターデザイン的には多数登場します。)映像化した作品では主人公の一人語りは大半が削除されてて原作の魅力が大分落ちているとは思います。それでも、ラッキースケベもオッパイポロリもないのに見たいと思わせる面白さがあるという事になります。(サービスカットはある)



第一期との出会い

私がこの作品と出会ったのはアニメ第一期です。
このオープニングタイトルが流れてきて、その詩の中身にぶっ飛びました。
まてまて、おいおい、何言ってるんだ!

ハッシュタグの俺がいるじゃないけど、私が思ってるような心象がギュッと詰まっててびっくりしてしまいました。
このアーティストの「やなぎなぎ」という人も突き抜けている人ですね。

それで作品本編を見て、どんどん気になっていき原作を買ってきて読み始めてまた驚きました。

原作の秀逸さ

一人語りで話が進むと書くと、一人称の独りよがりという風に解釈する人もいるかもしれません。
三人称で書いてあって別のストリーテラーが解説や情景描写を行うとしても、書きようによってはそれは作者の一人語りとなります。
私小説のような自分に没入しているわけでもなく、自分か主人公が語っているにも関わらず俯瞰で見下ろしているという形の一人語りです。

登場人物たちは個々勝手に自分の思考をしていて決して誰かの都合のいいように振る舞ってはくれない。その私たちの日常と同じように登場人物たちが作品中に現れます。
そして、彼はどう思ってるんだろう?彼女はどう思っているんだろう?その想像のすれ違いと、
誰かに自分を合わせてもらいたいという思いだけではない、自分を誰かに合わせたり、協力して事を成していこうという大人の世界の理想を高校生活の中に落とし込んでいます。



高校の生活では閉じた社会の中で、特殊なヒエラルキーが存在しておりカリスマなどもありうる。
まず、学年という3階層があって男女と学業の順位と運動の成績、人柄なり話のうまさなどで人間の順列を感じて過ごしていく。
 ところが社会に出るとそういった順位付けは全くなんの役にも立たないどころか、そのような固定観念で序列をつけているような人物は阻害されていくことになる。

学年で一番の美男美女とかいうのは社会に出るとまるで特徴にもならない。
年齢ごとの姿かたちの良さというものがあって、就職結婚子育てなどの中で良い顔になってい行く。
 そして、その高校生の年代で注目されている子供たちが周囲の人の憧れの様に、あんなふうに風にもてたいとか人に思われたいとか、そんなことは大概思っていなくて自分の将来の目標だったり家族の悩みだったりの方が頭の中をしめていたりする。ある意味、他人にコンプレックスを感じていないとも言い換えられる。

コンプレックスだらけの人間だったりしても、他人から何と言われようが「確たる自分」を持っていて自信たっぷりに見えている奴もいる。他人の批評ばかりしていて、批評しているからつまり自分が最上位に位置するというような勘違いをしている奴もいる。
こういう人間はあまりにも大勢の人間の認識をごく簡単に済ませてカテゴライズして、
自分が分かったという事にして安心したい。
多種多様な人間を見て、それを理解できない事が怖い。だから分かったことにして安心してしまいたい。人間を記号化してその人の情報量を減らし、キーワードやレッテルを貼る事で表面的には情報移動は可能となる。

しかし、情報劣化しているので勝手に存在しない事実を付け加える事が可能になる。
要するにクラスにいる誰は芸能人で言えば誰それだ、というような話でそのモデルの人物が何かやらかせばその対象者までそんな目で見てしまう。
血液型性格判定や星座ごとの相性だとか、こういう記号化はそれと同じで誤認の危険が大きい。
私のいる運送業界で言えば、おつむが小学生なオトッチャンも多く、
相手を一切見ないで勝手に自分の思い込みで噂話を広げたり誤認を繰り返して空気が読めない奴はすごく多い。

アダルトチャイルドではなく、アダルトであれば個々のその人の特徴を捉えていく。

そのような社会に出たらそんな考え方をしてたら生きる足かせになっちゃうよという事も、
学校生活の中では「常識」だったりすることもある。
成長の先を行くものや容姿やグループを見て、彼らはスクールカーストのトップだとか思う事もある。
でも彼ら自身も彼ら自身で他人を見て自分より上で羨ましいなと思う人がいたりもする。



こういう複雑な部分を「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」ではテーマにして丁寧に書きこんでいます。
これらの事は、学校カーストはもう卒業して社会人になったときの悩みと同じことを既に抱え込んでいる「初期の大人」達になっている高校生たちの物語だとも言い換えられる。

ライトノベルとしては、サブカルチャー情報の要素が多い。
豆しば」みたいな時事ネタやUHF地方局ネタ的なものや、
スクライドネタなども多くあるのでそれを知らないとまるきり理解できない部分もある。
こういうコメディやパロディ的なものは知っていると面白いが、
その面白みの部分を抜きにしてあらすじだけを読んでいても、
心情の細やかな移ろいをしつこく丁寧に書いているので読み物として面白い。




初期の大人たち

千葉県の公立の進学校が舞台となる。
登場人物たちの名前は神奈川県の地名を由来とするものが多い。
鎌倉に住んでいる友人がいるので私も親近感を感じるキャラが多い。

比企谷八幡

主人公は比企谷 八幡(ひきがや はちまん)。ニックネームはヒッキーヒキタニくん。
持てない、冴えない、考えばかりが回る、俺(読者)を具現化した存在。
表層では好かれていないけど、中身が知られるにつれて徐々に彼を好きになっていく人が増えていく。

帰宅部の彼の内面を見抜いて「奉仕部」に無理矢理に入部させるのが平塚先生
この人は男性として登場した方が良かったんじゃないかと思うけど、作品作りの事情か女性である。
彼の中に見抜いたものとは平塚先生自身と同じ「大人性」だ。
こいつは自分と同じ悩み方や屈折を抱いているというい事で奉仕部に無理矢理入れる。

奉仕部の活動内容は誰かの悩み事の相談を聞いて時にはその問題の解決に奉仕する部活動です。
奉仕部は雪ノ下雪乃、比企谷八幡、由比ヶ浜結衣の3人だけの部活であり、この3人を中心に物語が展開していきます。

ヒッキーというニックネームは引き籠りを連想するような一般的にはイメージの良くない部分もある。
初期の姿はなるべく人と関わらないように傷つかないように生きている自分の内面に引き籠っていた。
その意味ではばっちりなニックネームである。

家は戸建ての一軒家で共働きの両親の世帯収入は少なくても800万以上はありそうな気はする。
(参考比較:いわゆる中流一般家庭というモノの書き方の意味がよく分からないので私的に想像するところでは、海コン屋のデータ的に見ると横浜東京の海コン屋の年収の中心は500万円前後という印象があるが、耳に入って来る部分では中心は400前後という気もする。)

深く見てないけどアニメの場面展開を見ていると幕張あたりの住宅地に住んでる気もするけど、
もしかしたら舞浜のあたりだろうかとも思ってみてます。原作的にはその辺りの印象は無いですね。
私は35.6歳の頃の1年間、千葉県の志津駅から勝田台を抜け、西千葉に南下して幕張、船橋と進み野田市内までをルート配送していた時期があるので、映る街並みには懐かしいものを感じます。

平塚先生と同じだけど別のアプローチを中盤からしてくるのが雪ノ下雪乃の姉の陽乃(はるの)です。


表紙のキャラクター 雪ノ下陽乃



市立総武高校

市立総武高校は大学進学率が高いらしく、中学生は猛勉強しないと入れないようです。
大都市圏では私学の進学校も多いので、県下での有名度はどのくらいのモノかは私はまったく想像ができません。

アニメ第三期の1話でヒッキーの妹が同じ総武高校の入試に向かうところから始めますが、
中学高時代のクラスメイトが一目置いたり、他の登場人物の兄弟や政治家の師弟や経営者一家の息子が多くいる事を考えると、地域では古くからある名門の進学校である様です。
各地方都市に昔あった旧制中学から進学校になった高校があり、上記のような名門となります。
大都市圏では何が何でもスペック上1番がいいと目指す家庭もあるわけですが、
裕福だったり政治家一族で私学の一貫校や超難関校に進学させるのに障害が無くても
地域の名門に行かせたいと思わせるくらいの地域のブランド力があるのかもしれないし、
余裕があるから超詰め込みはせずに部活も頑張りなさいなんて言える家庭の師弟が多いのかもしれません。



雪ノ下雪乃

雪ノ下雪乃はこの物語のカリスマ的ヒロイン。
もう一人の主人公と書くべきか悩むとところですが、学校内の立ち位置としてはカリスマとして登場します。
容姿が良く成績優秀で、親は県議会議員で建設会社の社長。寡黙なところから謎の美少女で、学校内では有名人。
しかし小学生の頃から同性から嫉まれるなどの経験から他人との関りが苦手。
彼女の姉の雪ノ下陽乃は内向的な彼女とは反対に社交的で同性からも異性からも好かれて
同じ総武高校を卒業した後も校内外で名前が響き渡っているほどの有名人。
そんな姉との確執や、姉と同じようになる事を求める周囲に対して強い反発心を持っている。

奉仕部は平塚先生が彼女の為に作った部活動である。
奉仕部は人との関わりの訓練を行う場所であり、そこに送り込まれた刺客が比企谷八幡という事なる。

 

由比ヶ浜結衣

由比ヶ浜結衣はいたって普通の女子高生。
人の目を気にしてグループ行動したり、オシャレをしてリア充のふりをしてても、
本当は孤独を感じつつも人の輪に入って自分の思いを殺して集団の一員であるところに徹しようとして、そんな自分に違和感を抱いて生きている。
アニメではオッパイがデカくてセクシーを振りまいてお色気担当になっている。

団地育ち。家はお金持ちでも貧乏でもない。両親が発達障害で夫婦喧嘩が絶えないとか鬼母の暴言が酷いとかいう事はない平和な家庭の様です。有体に言って一般家庭。普通の家庭というものがあるのかどうか私にはわかりませんけど。

雪ノ下雪乃と比企谷八幡がくっつくことは絶対にない、いや、多分ない。
誰とも交際を始めないであろう雪ノ下雪乃は恋愛ドラマのヒロインではない。
雪乃が主人公の女性系としてのヒロインくらいの立ち位置なら、
由比ヶ浜結衣が恋愛心の描写を主に担当していて恋愛ドラマ部分のヒロインという事になる。
そうとはいっても付き合いだすかどうかは分かりません。

雪ノ下雪乃は姉と母親との間に確執があり、周囲に良い男子がいても過去の経験と家族関係の悩みと将来への悩みで恋愛に心を向ける余裕は全くない。

内面に引き籠っているヒッキーと同じく、心を閉ざした氷の女王と八幡の二人だけの部活動に飛び込んで来たのが由比ヶ浜結衣。
結衣がいることで、最初の二人の心が動き、それが結衣にも跳ね返り、徐々に彼と彼女たちの自分の殻から出ていく作業が始まっていく。

結衣は学校カーストの中では上位であろうとしているけれど、
結衣の周囲の「男の子」とも「女の子」とも違うヒッキーと雪乃の中身と触れ合い、
そこになりたい自分を重ねていく。
ヒッキーとは性差のない友人を演じていき、交際などは無いときっぱりとは言うものの
本当は「大人な部分」や異性としての彼の好感度が上がっていくことに戸惑いを感じている。

学業は奉仕部の他の二人に比べれば良くない。
家で勉強をあまりしていないようである。ヒッキーの初期の印象ではビッチ風。
頭が空っぽで異性と流行ばかりを気にしているというような良くない印象。
そうした外見とは裏腹に表面的な会話をするグループよりも
内面的な会話をしている奉仕部の二人の方が気が合うようだ。

学校の説明で書いたように、かなり努力しないと入学できない高校に居るので、
集中力と基本的な知能はかなり高い。
あまり普段は勉強していないのに突然成績を上げられるタイプなようで、
これはこれで一種の理想形を具現化したキャラクターであると言える。
基本的に頭がいい事に加えて他者への理解を持っていてこの子も大人の領域に入っている。




葉山隼人

典型的な優等生で、ヒッキーから見て天敵、隼人君から見てライバル。
サッカー部のエースで社交的であり彼の周りにはいつも人が集まって来る。
同性からも好かれ異性にはモテル。
親は雪ノ下雪乃の会社の顧問弁護士をしており、彼女とは幼馴染である。
隼人も雪乃と同じく、学校カーストの中では上位に坐すると勝手に周囲に思われているが、
自分の本当の気持ちを押し殺して周囲に合わせたり、将来に対する悩みを抱えている。
葉山君みたいになりたいと思われている当人は、誰かが憧れているような葉山君には成りたいと思っていない。

その彼が奉仕部の活動をする雪乃の隣にいるヒッキーを徐々に意識していくことになる。
簡単に言ってしまえば、葉山君のなりたい葉山君というのはヒッキーである。
だけど葉山君は葉山君の壁を超えることが出来ず、ヒッキーにはなれないから嫉妬もする。

比企谷君はコミュニティーの為には時には自己犠牲をも厭わずに、進んで嫌われ役も演じる。
そんな事の出来る彼は隼人君には脅威だし、憧れでもある。
隼人君も彼への理解を増すことで悪者を演じる事も出来るようになる。

いつも人に囲まれてコミュニティーの維持への悩みは感じつつ、
無難で型押しの行動と定型文の中にあった彼が、
本当に人を動かすために何が必要なのかをヒッキーの人間観察能力の中に見出そうとしている。
人間は方程式では理解できない、その事を学んでいく。

学校の中では一人ぼっちなどからいじめの対象になる事もある。
虐められるから一人ぼっちとは限らない。
しかし、それを同義だとしか認識できない幼い子も多い。
それだから群れようとする。
葉山隼人はそういう不安を持った幼い子たちには仲間外れにはしない良い人と見なされて人が群れてくるともいえる。

彼にとってそういう人々は表面的な友達でしかなく、本当の意味での友達ではない。
心を通させる事が出来る友達というのはそうそう簡単には出来るものではない。
葉山隼人もまた一人ぼっちなのだ。
大人の領域に入って自分が独立した個性であると気が付き認めるという事を、
出来る人と出来ない人が居る。

そんな彼はヒッキーの事をよく見ているから、ヒッキーの内面の良さをよく理解している。
ヒッキーにしてみれば育ちが良く成績優秀、スポーツ万能、社交的な人気者の彼は憧れを抱くこともできないほど遠い人。
されどもヒッキー自身はコンプレックスの塊で人間観察が元々出来ているので葉山の内面に気が付いている。
表面的には全く型が違う二人だが、同じ自分を一人ぼっちと認識しているという内面的な共通点がある。
二人は本音をぶつけ合い反目しつつも将来的には親友になっていく種がある。
それはいつも一緒に居て遊んでいるという類のものではなく、
たまにあっても相談が出来るような相手として、お互いの関係が出来る可能性があるという事だ。
それは長い人生が結論を出す。

そういう二人は校内でのかかわりも増えていき、記号化で人間を見るまだ幼い人達からには
何故あの対照的な二人が話をするような間柄になってきたのか理解が追いつかない。



感情移入できる他の登場人物たち

メインとなるのは上記の4人です。
そういう彼ら以外にも大勢の読者の「これは私だ」と自分を被らせてみることが出来るキャラクターが登場します。
また憧れのタイプの女子を見出すことも、自分の黒歴史に照らしてこういう人が居たなとかジワジワするキャラクターもいます。

隼人君とヒッキーのカップリングや他の男子たちとのカップリングを妄想する腐女子とか、
同性だけどなんか変な好感をもってやばいんじゃないか?なんて思いがあったり、
そういった事も書かれています。



今のアニメやラノベなどに必要な人気要素として妹萌えとかありますが、これはこの作品らしく一般のそれとは違って大分変形している。
異性の兄弟がいた場合、変な妄想を抱いてる人達が思うような事はなくドライな関係というのが多い。
また兄弟で異性になれている分、異性に対して対人的な免疫のある場合も多い。
兄妹で仲がいいというのは十代では珍しいので、これは作中では一つの理想形だと言える。
またクラスメイトの女子で家庭的な女性のアバターの子もいる。
深夜アニメに必要な要素はそこそこは入っています。



#oregairuの面白さ

実社会の中では自己中人間だらけで、他人の心を読むとか助けになるなんて事は殆どできない。
この作品の中に出てくるように協力して何かをやって行こうといっても、自己利益の追求ばかりが行われているから、物語が進むようには物事は展開していかない。

#oregairuの場合、その上手く行かない部分も書いている。
人は思うように動いてくれないから、じゃあどうするかという部分を奉仕部が思い悩みながら取り組んでいく。

神的でベストの解決方法なんてものは常に無くて、私たちはベターを選択せざるを得ない。
後で思い返せば別のやり方もあったかもしれないという後悔をするような選択もある。
神的に「俺何でも知ってる~」、「俺何でも一流~」、「異世界に来たら俺無双~」みたいなノリが全くない。

大人の域に入ってしまうと、その誰もが自分が「一人ぼっち」であることに気が付く。
自分と同じように誰の中にも、その彼彼女自身の自分が身体の内に収まっている事に気が付く。
現実世界では物語の様に決められた話が進んでいくように状況は展開していかない。
ぼっちを認めて、ぼっちのままでいるのか、同じぼっちの人と繋がっていくのか。
その回答は誰にとっても真実である1個の理想なんてものはない。
人は人それぞれなのだ。

情緒の丹念な描写と人への思いやり、自己中な人や心が幼く虐めに働く集団心理などとどう向き合っていくか、
そういった部分が暗に含まれているのがこの作品の大きな魅力です。






やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (17巻+アンソロジー)

2020.7.17 誤字脱字乱文を修正